大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和45年(ワ)7218号 判決

原告 金時春

右訴訟代理人弁護士 青柳孝夫

同 黒沢雅寛

被告 文順奉

右訴訟代理人弁護士 西川茂

主文

一  被告は、別紙物件目録(一)記載の土地につきなされた東京法務局江戸川出張所昭和四五年二月二五日受付第六三九三号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二  被告は、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の各建物を収去して同目録(一)記載の土地を明け渡せ。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨の判決、および主文二につき仮執行の宣言を求めた。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)はもと梅沢正章の所有であったが、昭和二三年一〇月二日自作農創設特別措置法三条に基づき、国に買収された。しかし、その後本件土地は国から旧所有者に売り払われる見込であったため、梅沢正章は、同三五年九月二七日津田隆造との間で、本件土地が国から梅沢に売り払われたときはその所有権を津田隆造に移転する旨の条件付売買契約を締結した。

2  そして津田隆造はそのころ右売買代金一六〇万円を梅沢に支払ったが、その後昭和四二年一二月五日、原告との間で、本件土地につき、さらに次のような条件付売買契約を締結した。(一) 津田隆造は、同人が本件土地の所有権を取得することを条件として、これを原告に売り渡す。(二) 売買代金は金七〇〇万円とし、原告は右金員のうち手付金七〇万円を契約締結時に、内金四五〇万円を右条件成就時までに津田隆造に支払う。

3  その後、右契約の売買代金額は、昭和四三年一〇月一四日に原告と津田隆造との間で金八〇〇万円に、さらに隆造の死亡(同四四年二月一日)後の同四四年七月二六日、相続人として同人の権利義務を承継した津田芳子と原告との間で金一、一〇〇万円にそれぞれ変更する旨合意された。

4  そして原告は、津田隆造ないし芳子に対し、本件土地の売買代金の内金として合計金九〇八万一、一九二円を次のように支払い、残額は所有権移転登記手続と引換えに支払うことにした。(一) 昭和四二年一二月五日 金七〇万円(手付金)(二) 同四三年五月二四日 金二〇〇万円(三) 同年一〇月一四日 金一一八万一、一九二円(四) 同四四年七月二六日 金二〇〇万円(五) 同四五年二月一二日 金三〇〇万円(六) 同年二月一九日 金二〇万円

5  しかるところ本件土地は、昭和四四年一二月二五日国から梅沢に売払いがなされたので、前記梅沢と津田隆造間の条件付売買契約に基づき同日津田芳子がその所有権を取得した。そして同時に、前記津田隆造と原告間の条件付売買契約の条件も成就したことになり、原告がその所有権を取得するに至った。

6  ところで本件土地については、梅沢から津田芳子への所有権移転登記が昭和四五年二月一九日になされているが、さらに東京法務局江戸川出張所同年二月二五日受付第六三九三号をもって、津田芳子から被告に対し売買を原因とする所有権移転登記がなされている。

7  また被告は本件土地上に別紙物件目録(二)記載の各建物(以下「本件各建物」という。)を所有して本件土地を占有している。

8  よって、原告は被告に対し、本件土地の所有権に基づき本件土地についてなされた前記被告のための所有権移転登記の抹消登記手続をなすことを求め、さらに本件土地上に存する本件各建物を収去して本件土地を原告に明け渡すことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、本件土地がもと梅沢正章の所有であったこと、後に国に買収されたことは認め、その余の事実は不知。

2  同2ないし4の各事実は不知。

3  同5の事実のうち、本件土地が国から梅沢に売り払われたこと、津田芳子が所有権を取得したことは認めるが、その余の事実は不知。

4  同6および7の各事実は認める。

三  抗弁

1  仮に、原告がその主張のように本件土地を津田芳子から買い受けて所有権を取得したとすれば、次のとおり主張する。被告もまた、昭和四五年二月七日、同女から本件土地を代金一、〇〇〇万円で買い受けた。そして、原告の所有権取得については、登記がなされていないから、原告は所有権取得をもって第三者である被告に対抗できない。

2  仮に原告が本件土地所有権取得をもって被告に対抗しうるとすれば、次のとおり主張する。被告は本件土地上の本件各建物に居住し、女手一つで廃品回収業を営んで生計をたて、三人の子供を養育しているものであって、本件土地を失えば直ちに親子四人が路頭に迷うことになる。これに対し、原告はその住居地の鉄筋四階建のビルに居住し、そこで朝鮮料理店を営み、その利益を本件土地に投資してさらに収益を得んものと利益追求のみを目途としているものである。本件はこのような事実関係にあるのであるから、原告の本訴請求は権利の濫用に該当する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、本件土地につき原告名義に所有権取得登記がされていないことは認めるが、その余の事実は争う。

2  同2の事実中、被告が本件家屋に居住して廃品回収業を営んでいること、原告が住居地で朝鮮料理店を経営していることは認めるが、その余の事実は争う。

五  再抗弁

仮に、被告がその主張のように津田芳子から本件土地を買い受けたとしても、被告は、原告の所有権取得登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者にはあたらない。

すなわち、被告は、原告との間で長年にわたり本件土地上に存する建物をめぐって対立し、訴訟等で争うなどしてきたものであるが、右紛争を自己に有利に解決するために本件土地の所有権を取得しようと画策した。そして、前記請求原因記載のように、被告は、梅沢と津田隆造、津田隆造と原告との間の各売買契約に基づいて原告が本件土地の所有権を取得することになっていることを知りながら、かつ買受代金の殆どがすでに原告から津田隆造あるいは津田芳子に対し支払われていることを熟知しながら、あえて、昭和四四年一二月末ころから数回にわたり芳子に対して執ように自己への売却方を強要、説得あるいは懇請した。しかし、同女は本件土地については既に原告との間で売買契約ができていることを理由に、これをさらに被告に売却すると二重譲渡として詐欺行為になるおそれがあるとして被告からの右買受けの申入れを拒絶した。すると被告は同女を被告と懇意な朴宗根弁護士の事務所に帯同し、同弁護士から同女に対し、被告に売却しても詐欺にはならないと説明させ、また原告から売買代金の残額のみを受領するのでは同女の手許に残る金額は少いが、被告に売れば同女に現金で五〇〇万円を支払い、かつ原告には被告から原告の出捐額の倍額を返すようにするなどの甘言を申し向けて同女を誘惑、説得した。そして、昭和四五年二月二五日、芳子をして本件土地の被告への売却方を承諾せしめたうえ、その旨の所有権移転登記手続を了してしまったのである。津田芳子の右行為は刑法の横領罪に該当し、被告の行為も横領の共謀あるいは教唆にあたるものであって、津田芳子と被告間の右売買契約は、民法九〇条ないし信義則に反し無効である。仮に右契約が有効であるとしても、前記の事実関係からすれば、被告は、いわゆる背信的悪意者として、原告に対し本件土地の所有権取得登記の欠缺を主張しえないものというべきである。

してみれば、原告は、登記なくして本件土地の所有権取得を被告に対抗することができる。

六  再抗弁に対する認否および反論

再抗弁事実のうち、被告が本件土地についての所有権移転登記手続を了していることは認めるが、その余の事実は争う。すなわち被告は、昭和四四年七月ころより、津田芳子から、本件土地が同女の所有名義になったら買ってくれとの申込みを受けていた。そして同年一二月二八日にも同女から本件土地を売るときは被告に売る旨の申入があり、さらに同年二月五日にも、同女から被告に対し、本件土地が同月一〇日ころまでに同女の所有名義になるので買ってくれとの申入れがあった。そこで、被告はこれを承諾し、同月五日、原被告間で本件土地を代金一、〇〇〇万円で売買する旨の基本的合意が成立し、これに基づき、同月七日、朴法律事務所において朴宗根弁護士立会の下に、同趣旨の本件土地売買契約が成立し、同時に手付金三〇〇万円が被告から同女に支払われたのである。ところがその直後に、同女から、本件土地については、出入りの不動産ブローカーが原告に対し売買の約束をし、原告から手付ももらっているかもしれないが、その金額は多くて五〇万円ほどのものだから、その倍額を返却して原告との間の契約を解消したいので、その分の金額を負担して欲しい旨の申入れがあった。この時点で被告は、同女と原告との間に本件土地の売買予約が存することをはじめて知ったのであり、かつ、同女の言を信じて右の申入れを承諾したのである。そして被告は、津田芳子にかわり原告に前記手付金の倍額を返還すべく用意をしていたのであるが、同女がその止宿先の神戸市兵庫区湊町一丁目三八番地細川勝治宅から原告により連れ去られるという事件があったりしたため、右手付金返還等の手続をなしえなかったのである。以上のとおりであって、被告の行為は何ら責められるべき点のない社会的に相当な行為であり、公序良俗や信義則に反するものではないから、被告と津田芳子間の売買契約は有効に成立した。また、前記の事実関係からすれば、被告が背信的悪意者に該当するものでないことは明らかである。

第三証拠≪省略≫

理由

第一本件土地所有権の帰属関係等

一  本件土地の所有権が、梅沢正章から国、国から再び梅沢、そして昭和四四年一二月二五日梅沢から津田芳子に移転したことは当事者間に争いがない。

二1  ≪証拠省略≫によれば、次の事実を認めることができる。

昭和三五年九月二七日梅沢正章と津田隆造との間で本件土地につき請求原因1記載の条件付売買契約が締結され、同日津田隆造から梅沢正章に売買代金として金一六〇万円が支払われた。ついで右契約を前提として、昭和四二年一二月五日(原告は訴状において一二月一五日と主張するが、これは一二月五日の誤記であると認められる。)、原告と津田隆造間で請求原因2記載の条件付売買契約が締結された。そして原告と津田隆造間の右契約の代金額は、請求原因3記載のとおり改訂され、結局金一、一〇〇万円と合意され、原告は同4記載のとおり津田隆造ないし津田芳子に対し売買代金として合計金九〇八万一、一九二円を支払い、残額は所有権移転登記手続と引換えに支払うことになっていた。

以上の事実を認めることができ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。(前記甲第八号証は「土地譲渡予約公正証書」、甲第九号証は「仮契約書」と各題する書面であって、右各書面の表題および条項の一部には前記認定の停止条件付売買と矛盾するかのような記載ないし文言がみられるが、前掲各証拠および条件成就前に代金額の殆どが支払われている事実等に徴すれば、契約当事者の意思表示は前記認定のようにそれぞれ停止条件付売買契約を締結するにあったことが明らかである。)

2  そして、昭和四四年一二月二五日に本件土地が国から梅沢に売り払われたことは当事者間に争いがないから、同日、梅沢と津田隆造間の請求原因1の契約における停止条件が成就し、津田隆造の相続人である津田芳子が本件土地の所有権を取得し、その結果、同時に津田隆造と原告間の請求原因2の契約における停止条件も成就したことになり、結局、原告が本件土地の所有権を取得したことが明らかである。

三  ≪証拠省略≫によれば、被告もまた、昭和四五年二月七日、津田芳子から本件土地を代金一、〇〇〇万円で買い受け、同日金三〇〇万円を、同月二五日金七〇〇万円を同女に支払った事実を認めることができ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。(代金額が金五〇〇万円であったとする甲第一八号証の記載は前掲各証拠に照らし信用できない。)

四  してみると、本件土地は、津田芳子から原告と被告の双方に二重に売買されたことになる。そして、原告の本件土地所有権取得が登記されていないことは当事者間に争いがないから、原告は、原則として本件土地所有権取得を第三者たる被告に対抗することができないことになる。

ところで原告は、再抗弁の欄に記載の理由により、被告はいわゆる背信的悪意者に該当するから、原告の本件土地所有権取得登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者にあたらない旨主張するので、この点につき判断をする。

1  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 原告と被告は、昭和四二年ころから、本件土地上の別紙物件目録(三)記載の建物の所有権あるいは同所での廃品回収業の営業権等をめぐって対立し始め、右建物のうち家屋番号一三四七番の建物について、原告から被告に対し建物明渡請求事件訴訟(江戸川簡裁昭和四二年(ハ)第九〇号、後に移送されて東京地裁昭和四三年(ワ)第三五五号となる。以下「第三五五号事件」という。)が提起され、訴訟で争われるようになったが、その間も右両者は深刻な対立を続け、しばしば暴力沙汰に発展することもあった。

(二) ところで原告は、前記建物を昭和四一年四月二〇日被告のもと内縁の夫である姜聖全から代金一、〇〇〇万円で、同所における廃品回収業の営業権および前記建物の敷地である本件土地につき国から売り払いを受ける権利とともに買い受けたものであるが、後になって、姜は右売払いを受ける権利を有していず、梅沢正章が本件土地の売払いを受けるべき旧所有者であること、しかも梅沢は既に右売払いを条件に本件土地を津田隆造に譲渡していることが判明した。そこで原告は津田隆造に対し本件土地の譲渡方を申し入れて交渉した結果、前記認定の如く、甲第九号証の条件付売買契約が締結されるに至ったのである。そして右契約締結には、津田隆造から本件土地の国からの売り払いと転売について尽力方を要請されていた白子なるみ、および同女から同様のことを依頼されていた佐藤昭他一名も立ち会って、同人らは、津田隆造から原告への本件土地売買が確実になされるべく保証人となったのである。

そして原告は、自ら、あるいは原告の代理人である青山登志朗行政書士を通じて、本件土地の国からの売払い実現に努力し、昭和四三年一〇月一四日には津田隆造が国へ支払うべき本件土地の使用料未納金一一八万一、一九二円を同人に代わって負担し(売買代金を金八〇〇万円に改訂してこれに充当)、あるいは売払いを受ける原権利者である梅沢正章に、津田隆造の相続人である津田芳子が支払うことになった本件土地追加売買代金五〇〇万円を、同女にかわって負担する(売買代金を金一、一〇〇万円に改訂してこれに充当)などした結果、前記認定の如く昭和四四年一二月二五日国から梅沢への本件土地売払いが実現するに至ったのである。

(三) ところで被告は、昭和四三年末ころには、本件土地が国から梅沢正章に売り払われた場合、これを津田隆造が取得し、さらに原告がその所有権を取得することになっていることを知っていたが、本件土地上の建物の所有権を原告と争っていることもあって、自らも本件土地の所有権を取得しようと考え、同四四年六月ころ前記佐藤昭に対し、原告よりも多額の金を出すから被告が本件土地を取得できるよう尽力してくれと申し入れ、同時にいくばくかの金員を提供しようとしたが、同人は既に津田隆造と原告との間に売買が成立していて代金も相当額支払われていることを説明し、一応の協力は約したものの右金員の受領は断わった。しかし被告はその約一か月後再び佐藤を被告宅に呼び出し、同人に対し「何とか協力して、本件土地を被告が取得できるようにして欲しい。あなたが承諾してくれれば津田芳子も納得するだろうから。」と頼み込み、また売主を津田芳子、買主を被告、その他白子、佐藤の記名のある売買契約書様のものに捺印を求めたが、これも同人に拒絶された。

他方被告は津田芳子に対しても、積極的な働きかけをし、同女が持病の心臓病(心房中隔欠損症、心不全、心室性期外収縮)で入院治療を受けていた千葉国立病院から退院したばかりの昭和四四年一二月ころから、その静養先である千葉市あやめ台の同女の実弟諏訪間只氏方に同女を訪問し、本件土地の自己への売却方を説得、懇請するなどし、同女が既に原告に売り渡す旨約束ができていること、代金も一部受け取っていることなどを告げて断ったにもかかわらず、なおも足繁く同女を訪問して説得をつづけ、また本件土地が国から梅沢正章に売り払われた後の同四五年一月のはじめころに、津田芳子と白子なるみが被告宅を訪れた際も、津田芳子に対し右の説得をくり返すとともに、同女を介して白子なるみに対しても礼金を出すから協力して欲しい旨要請するなどしたが、白子もこれを冗談半分に聞き流して、同意をせず、津田芳子の承諾も未だ取り付けるには至らなかった。

その後も津田芳子はしばしば被告の訪問を受けて土地の売却方を執ように懇請されていたが、同年二月七日被告から呼び出されて朴法律事務所に伴われ、同所で朴宗根弁護士から法律問題につき説明を受けたが、その際売買契約を締結して代金を一部受け取っていても、それが手付として支払われたものならば、その倍額の金員を返還することによって契約を解除することができ、そうしたならば被告に売却しても何ら二重売買として法に触れることはないといった趣旨のことを聞き、同時に被告からも代金として金一、〇〇〇万円を支払うこと、および右倍返しの金員は自分が負担し、責任をもって原告に返還すること等を確約され、その旨の念書を書くと言われるに及び、同女も、被告に売却した方が自己の利益になるものと考え(津田芳子は、前記手付倍返しの金員を被告が負担する旨の説明を、手付金を含め原告から受領したすべての金員を被告が自分にかわり原告に返還してくれるものと誤解し、従って本件土地を被告に代金一、〇〇〇万円で売却すれば自分の利益になると考え)、ついに被告の申し入れを承諾し、即日売買契約を締結するに至った。

そして、本件土地についての所有権移転登記は、国から梅沢正章へ同四五年一月二六日、梅沢から津田芳子へ同年二月一九日それぞれ経由され、同女と原告との間では同月二六日所有権移転登記がなされる予定であったところ、前日の二五日付で同女から被告へ所有権移転登記がなされるに至った。

2  以上の認定に対し、被告は、原告が本件土地を津田隆造あるいは芳子から停止条件付で買い受けたこと、代金の殆どが支払われていることなどは、津田芳子と売買契約を締結する際には知らなかったものであり、右契約締結後になってはじめて同女からそのようなことを聞いたに過ぎない旨主張し、≪証拠省略≫中には右主張に沿う部分が存在する。しかし≪証拠省略≫によれば、前記第三五五号事件において和解が試みられ、右期日(昭和四三年一〇月九日、一一月六日、一二月一八日)に原、被告双方から具体案を提示しあったが、その際、原告は裁判官に対し、姜へ前記建物の買受け代金の一部として金五〇〇万円余が支払われており、また本件土地を津田隆造から買い受けることになっていてその代金の内金として金四〇〇万円以上の金員が支払いずみであること等を説明し、和解金として金一、〇〇〇万円以上の金員を要求する旨の条件を提示し、これらの事情は同裁判官を介して被告へ伝わっていること(被告はこれを拒否し、結局和解は不調に終った。)、それ以前の同四三年七月ころ、原告の代理人である青山登志朗が被告宅を訪れて、被告と同居していた池田某に対し、原告が、本件土地を津田隆造から買い受ける旨の契約が出来ていること等を説明し、またその約一か月後に直接被告に対してもその旨言明していること、前記第三五五号事件の審理においてもその点は争いがなかったこと等の事実が認められ、また前記1で認定したように、被告は、佐藤昭、津田芳子、白子なるみに対し、津田隆造ないし芳子と原告間の前記売買契約および代金支払いの事実が存在することを前提とした働きかけを行っている。右各認定事実に照らしてみれば、≪証拠省略≫中前記の部分は信用することができない。

また被告は、本件土地を津田芳子から買い受けるに至った当初の経緯は、同女からの昭和四四年七月ころの申込によるものであって、その後も同女から再三売買の申込があり、被告がこれを承諾したものであって、右売買は同女の積極的な意思によるものである旨主張し、≪証拠省略≫中には右主張にそう部分がある。しかし、右は1で認定したような被告自身の津田芳子に対する説得活動およびその態様に照らして到底信用することはできないし、他に右事実を推認させる証拠はない。

3  そして、≪証拠省略≫中、前記1の認定に反する部分は前掲証拠と対比して採用することができないし、他に右認定事実を覆えすに足りる証拠はない。

4  以上認定の事実によれば、被告は、原告が津田隆造から同人の本件土地所有権取得を条件として本件土地を買い受けていること、および代金も相当部分が支払いずみであることを知っていながら、前記認定の経緯からあえて原告に先んじて本件土地所有権移転登記を取得しようと画策し、津田芳子に対し、懇請、誘惑、説得するなどして積極的に働きかけ、同女をしてついに二重売買を決意させるに至ったものであって、被告の右行為は正常な取引活動の範囲を逸脱するものといわなければならない。そして、このような事実関係にある本件においては、被告は、いわゆる背信的悪意者として、原告の本件土地所有権取得登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者には該当しないものというべきである。してみれば、原告は登記なくして被告に本件土地所有権取得を対抗できることに帰着する。

第二本件土地の登記、占有関係

本件土地について、原告主張の登記が被告のためになされていること、および、被告が本件土地上に本件各建物を所有して本件土地を占有していることは当事者間に争いがない。

第三被告の権利濫用の抗弁について

被告は、原告の本訴請求は権利の濫用である旨主張するので、この点につき判断をする。

1  原告がその住居地で朝鮮料理店を経営していること、および被告が本件土地上で廃品回収業を継続して営業していることは、当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫によれば、被告が女手一つで三人の子供(昭和四八年一〇月当時、長女二二才、長男一六才、次男一四才)を養育し、右営業で生計をたてていること、本件土地を失うことにより相当な物資的、精神的打撃を受けるであろうこと等の事実を認めることができる。

2  ところで、原告が利益追求のみを目途として本訴請求をしている事実については、これを認めるに足りる証拠はない。しかし、仮に本訴請求が原告の利益追求を目的とするものであり、かつ右1で認定した事実を考慮しても、これらに前記第一で認定した事実を対比して考察すれば、原告の請求に不当な権利濫用と目される点を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。従って、被告の前記主張の理由のないことは明らかである。

第四結論

以上によれば、被告は原告に対し、本件土地についての主文1記載の所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ本件土地上の本件各建物を収去して本件土地を明け渡す義務がある。

よって、本件土地の所有権に基づく原告の本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、仮執行宣言はこれをしないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗山忍 裁判官 飯田敏彦 裁判官山崎恒は、職務代行を解かれたため、署名捺印することができない。裁判長裁判官 栗山忍)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例